■見守る者■



思考錯誤の仕事の毎日・・・。
そんな中でも低額ではあるけれど収入もようやく入るようになった生活。
でも給料の割には一日中立ち仕事のハードな職種で、
贅沢など出来なかった。
そんな中でも給料日の後の食品買いだしは何より
楽しかった。
その晩も遅い就業時間を終えて帰宅途中のスーパーで
買い物を済ませると 自転車をこいで家路に着いた。
大きなスーパーの袋の横に押し込んだはずの財布の入ったポーチが無い。
雑貨屋で買った安い小さな黒のポーチだった。
給料後まもない財布にはそこそこ入っていた。
カードも入っていた・・・。
落とした----!?
少しの間、恐怖と動揺で動けなかった。
泣きたい気持ちでいっぱいだったがそんな暇もなくすぐに帰宅してきた路のりを 自転車を押して歩いた。
---財布の入ったポーチだ。誰か拾っていてもどうやってそれを聞くのか??
第一、どこでどう落としたのか解らないし。
ようやく自転車を止めていたスーパーのある処まで戻って来たがやはり落ちている筈もない。
どうしよう・・どうやって生活したらいいのか。
カードだって・・。
もう頭の中は真っ白だった。自分が悪いのは解っているが神も仏もない・・そんな心境。
私がどんな悪い事をしたっていうのか・・。
どんなに生真面目に働いたって少しも生活は楽にならない。
毎日くたくたに働きつめてそれでこの有様・・・ 悲しいとか通り越して頭の中にはなんにもなくなっていた。
そんな時だった----
「あのう・・・・。」
おもむろに話しかけてきたのは10代そこそこだか長身のスリムな
男の子だった。
「もしかしてポーチ落とされました?」
眼鏡をかけた人当たりの優しいその子は呆けている私に言った。
それから私は何と返事したのか覚えていない。
時刻は遅いながらもそれなりの人通りはあったのでその中でその子がなぜ私に話し掛けられたのか不思議だった。
そっと差し出されたのは私が落としたポーチだった。
探しに戻ってきてすぐになぜか戻ってきたポーチ。
「中を見たらカードとかも入っていたから・・・。」
その少年は年下らしくない穏やかな口調でそう言った。
私はその時、本当に人に対して感謝する・・という体験を味わっていたと思う。
どこか反目的な人を信用する事が出来ない自分。
私は誰かに無償で何かをするという事をこの歳になってしてきたろうか・・。
深く頭を下げて、お礼がしたいので名前を尋ねるとその子は照れたように首を振ると そのまま走り去って行ってしまった。
少し離れた処にあった自転車に乗ると嬉しそうに行ってしまった・・・。

それから---
私の中はすっきりと何もなくなっていた。
身体中が・・只凄い興奮で痛くなっていた。
感じた事のない痛み、体験した事のない出来事、
不思議・・。
お札やカードの入った財布をそっくりそのまま返すなんて私の頭の中の常識にはなかった。
ましてや10代の子である。盗まれない方が不思議だった。
それもひとつの子供への偏見なのだと感じたがそれにしても不思議なタイミングである。

本当に不思議なタイミングにこの時、
「目に見えないもの」を感じた。
私は守られている・・そう感じた。
楽しい事はなくて大変な事が多いけど
ぎりぎりの処でそっと助けてくれる「誰か」が私をそっと見守ってくれている---
そう感じた。
アリガトウ・・・アリガトウ----
胸の内にそういう想いが芽生えた。